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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1137号 判決 1962年2月26日

控訴人 伊藤清子

被控訴人 伊藤宗夫 〔人名いずれも仮名〕

主文

原判決を取り消す。

控訴人と被控訴人とを離婚する。

控訴人と被控訴人との子伊藤一美、伊藤弘美、伊藤道夫の親権者を控訴人と定める。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴人は「控訴人の控訴を棄却する」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証は、控訴代理人において当審における当事者双方各本人尋問の結果を援用したほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

理由

控訴人と被控訴人が昭和三〇年一二月一二日結婚の式を挙げ、控訴人の母佐藤ミサ方で同棲生活を始め、昭和三一年一月一四日婚姻の届出をし、その間に長男一美(昭和三二年五月二日生)次男弘美(昭和三三年八月三一日生)、三男道夫(昭和三四年一〇月二一日生)の三子が生れたことは、被控訴人がこれを認めていること並びにその方式及び趣旨により公文書と認められるから真正に成立したものと推定すべき甲第一号証によつて明瞭である。

しかして、原審における証人大里和夫、佐藤ミサの各証言(但し、佐藤ミサの証言はその一部)、原審並びに当審における当事者双方各本人尋問の結果(但し、被控訴人本人尋問の結果はその一部)と弁論の全趣旨によつて真正に成立したことが認められる乙第一号証を総合すると次の事実が認められる。すなわち、被控訴人は控訴人の母佐藤ミサに懇望されて控訴人と結婚したのであるが、その以前から控訴人の妹佐藤良子と肉体関係があつた(ミサはこのことを知つていたが、良子よりも先に控訴人に身を堅めさせる方が一家のために好都合であると考え、控訴人にはこのことを知らせずにいた。なお、良子はミサの説得によつて控訴人と被控訴人との結婚を認め、一応被控訴人との関係を断つた。)関係上、結婚後も良子に未練を有し、それがまま素振りに表われた。そして、四、五カ月して控訴人が良子の告白により右肉体関係の事実を知り、被控訴人をなじると、被控訴人は控訴人に対し「おれは本当は良子が好きだつたが、おかあさんが引き離してお前と一緒にさせたのだ」とか「お前との結婚は同情結婚だ、良子は愛情が細やかであたゝかかつたがお前は冷い」等といい、その後は何かにつけて同様の侮辱的言辞を弄するばかりでなく、格別の理由もなく暴行したり、勤務先を欠勤して控訴人に将来に対する不安を抱かせるようになり、殊に昭和三四年五月頃ミサが良子を別居させれば控訴人らの夫婦仲も少しは良くなるであろうと考え、良子を東京都練馬区のそば屋に住込みで勤めさせたとき等は、控訴人に対し「お前が良子を隠した」「良子は良かつた、お前のようにきつくなかつた」等といつて怒り、良子は結局同月二五日ミサによつて連れ帰られたのであるが、被控訴人はなおもその怒を解かず、三男道夫を懐胎中の控訴人を顔が腫れ上る程殴り付けた。そこで、控訴人は被控訴人との夫婦生活に絶望し、その頃被控訴人良子、ミサの三名と善後処置を話し合い、控訴人と被控訴人とは離婚し、被控訴人は良子と結婚することとし、被控訴人は同年六月九日頃良子と一緒に他に引き越したが、被控訴人はものの半月もたつと控訴人に対し復縁を求めるようになつたので、控訴人も子供が二人もあることを考えて被控訴人の許に復縁した。しかるに、被控訴人は控訴人が復縁すると間もなく同年七月一三日頃控訴人に対し金策を要求し、控訴人がこれを拒絶すると、折りたたみ傘で直ぐには起き上れない程に殴つた。このときは、被控訴人が直ぐに謝つたので控訴人も折れて被控訴人の許に止まることとし、被控訴人の現住所の家を二人で探して引き越したが、一〇日もすると被控訴人は勤務先を休み、控訴人が出勤するように勧めても出勤しなくなつた。かくて、控訴人は今はこれまでと思い定めてミサ方え帰り、次で同年九月中被控訴人を相手取り横浜家庭裁判所に離婚並びに慰藉料支払の調停申立をしたが、その調停は当面成立の見込なく、調停委員から当事者双方に対し、二年位別居して様子を見た上で婚姻を継続するなり、離婚するなりを決してはどうかとの勧告がなされるに至つたので、控訴人は調停では所期の目的を遂げることの困難を思い、昭和三五年一月一四日右申立を取り下げ、同年四月二八日本訴を提起したのであつて、控訴人の離婚の決意は今では翻意不能のものとなつている。ことが認められ、前示佐藤ミサの証言及び被控訴人本人尋問の結果中これに副わない部分はたやすく信用し難く、他に右認定を左右すべき証拠はない。

よつて、以上認定の被控訴人の行為は果して控訴人主張のような離婚原因となるものであるかどうかについて判断する。

思うに、民法第七七〇条第一項第一号にいわゆる「不貞な行為」の意味については学説の分れているところであるが、元来「不貞」ということは夫婦間の性的純潔に対する一方当事者の裏切ということを核心とする観念であつて、夫婦関係と一方の当事者の性的裏切行為の存在を前提として始めて考えられるものであるから、前認定の被控訴人と良子の性的交渉が、或は控訴人と被控訴人の婚姻前のものであり、又は控訴人の承諾に基くものである(被控訴人が控訴人との婚姻中に控訴人の承諾なしに良子と性的交渉をもつたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、前認定の承諾は前後の事情からして不承不承の承諾であることが認められるから、これを一般の承諾と同視するのは正当ではあるまい。しかしながら、被控訴人と良子との性的交渉を被控訴人の控訴人に対する裏切行為と認めるべきかどうかという場合に、右承諾が少くともこれを裏切行為と目すべき背信性を阻却するものであることは疑のないところであろう。)以上、これをもつて被控訴人の控訴人に対する不貞行為とすることはできない。すなわち、被控訴人の以上認定の行為が民法第七七〇条第一項第一号の離婚原因に当る旨の控訴人の主張はこれを採用することができないけれども、夫婦の一方が婚姻前に性的交渉をもつていた異性に対し婚姻後も長く未練を有し、それを何かにつけ相手方に対する言動に表わし、果ては格別の理由もないのに暴行したり、勤務先を休んで夫婦生活の将来に不安を感ぜさせるようなことが相手方に対し致命的な侮辱感と絶望感を与え婚姻の継続を妨げる重大な事由となるものであることは疑の余地のないところであるから、被控訴人の前認定の行為は同条第一項第五号の離婚原因にはまさしく該当するものといわなければならない(なお、原審における当事者双方各本人尋問の結果によると、被控訴人は控訴人が次男弘美、三男道夫の妊娠中に控訴人からその中絶についての同意を求められ、何れもこれを拒絶したことが認められるが、本件諸般の事情を斟酌してみても、これが離婚原因となるものとは考えられない。)

よつて、婚姻を継続し難い重大な事由のあることを原因として被控訴人との離婚を求める控訴人の本訴請求を正当として認容し、前示一美、弘美、道夫の三子の親権者は、右三名がなお幼少であつて母親の手厚い監護を要するものであることを考慮して控訴人と定むべく、これに反する原判決は不当であつて本件控訴はその理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈 牛山要 土井王明)

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